「行ってきました」カテゴリーアーカイブ

大菩薩嶺(2,057m)大菩薩連嶺

2019年11月17日(日)


新宿から7:03発の特急かいじ73号に乗って大月で小淵沢行きの各停に乗り換えて甲斐大和駅へ。

無人駅の甲斐大和駅には8時35分ごろに着いたが、登山口になる上日川峠行きのバスはすでに停車していた。その時点で乗客はまだまばらだったが電車が着くたびに乗客が増えてきて、出発時間の9時20分にはバスは満員になってしまった。

途中、先だっての台風の被害により道路が一部落ちてしまったために出発時の大型バスは通行出来ず、小型バスに乗り換えになっていた。しかも1台が故障したとの事で、補助席も使えず通路にも詰め込まれて定員オーバーの状態で上日川峠に向かうことになった。聞けば先月まではバスは運休していたようだ。

駐車場も被害を受けてい多様で、全て路肩に駐車させられていた。

乗換えでゴタゴタしていたので30分くらい到着時間が遅れてしまった。峠にはたくさんの人が登山準備をしてどんどん登って行っていた。

ロッジ長兵衛前は沢山の人が集まっていた。

林道に沿った比較的なだらかな明るい山道をしばらく行くと「福ちゃん荘」に着いた。

ここから唐松尾根を経由して大菩薩嶺に行く登山道と大菩薩峠に行く山道に分岐する。今日は雷岩を経由して大菩薩嶺を登り、再度雷岩に戻ってから大菩薩峠をめざす。

雪を被った富士山がとても綺麗に見えた。登るに従って富士山の懐が深くなって大菩薩湖も景気に映えてきた。

雷岩が見えてきた。大菩薩嶺は大昔に登ったことがあったが、何となくこの雷岩は名前と共に覚えがあった。

見晴らしがいいので、たくさんの人が昼食をとったり、コーヒーを飲んだり休憩をしていた。雪をかぶった富士山や南アルプスの山並がぐるっと見渡せた。

大菩薩嶺は下り気味に森の中に入って行く。10分程で林に囲まれた大菩薩嶺に到着する。

雷岩まで戻り、通り越して大菩薩峠に向かう。のんびりとした感じの大菩薩連嶺が続く。

途中、賽の河原(妙見ノ頭)、2000m地点、親知らずの頭を経由して行く。賽の河原にはケルンがつまれ、小さな避難小屋が置かれている。

大菩薩峠に到着。読んだことはないが「大菩薩峠」の作者である中里介山からとった介山荘が登山道を挟んで建っている。

大菩薩峠は青梅街道の最大の難所であったということで有名だが江戸時代は賽の河原が峠だったということのようだ。

登山道を跨いだ両側に土産物や食べ物求める客で賑わっていた。14時発のバスに間に合わせたかったのでここはスルー。

綺麗なトイレも設置されていた。

福ちゃん荘まで戻って来た所で、バスには十分間に合いそうなので味噌おでんをもらった。300円なり。

バスの発車には余裕で間に合って上日川峠に到着。帰りのバスもやはり乗り換えが必要だったが全員座ることが出来た。

のびのびとした山陵に富士山がとても綺麗だった。

S47年卒 手島達雄


コースDATA

甲斐大和駅9:20発 上日川峠 10:28着 10:35発 福ちゃん荘10:54  雷岩11:56     大菩薩嶺12:10 雷岩12:18    賽ノ河原(妙見ノ頭) 12:35  大菩薩峠12:55     福ちゃん荘13:20  上日川 峠着13:42   14:00発    甲斐大和駅14:50着 15:23発

 

磐梯山(1,816m)

2019年11月3日

古磐梯山は4万年ほど前に現在の赤埴山と櫛ヶ峰を一部とする富士山型の大きな山だったということで、巨大噴火によって表側(猪苗代湖側)に山体崩壊して大磐梯山と小磐梯山からなる新磐梯山が形成され、その折の山崩れによって川が堰き止められ猪苗代湖が形成されたということです。また、明治21年に水蒸気爆発によって小磐梯山が吹き飛んで裏側(檜原湖側)に山体崩壊して檜原湖や五色沼などが形成されたそうです。古磐梯山は現在の磐梯山の2倍の高さがあっただろうということで、現在の磐梯山頂上は五合目として表示がされています。

連休の文化の日に日帰りで福島県の磐梯山に登ってきました。久し振りの晴天だったこともあり、たくさんの人で賑わっていました。頂上からは日本で4位の面積と1位の水質を誇る猪苗代湖がよく見えました。


上野駅東北新幹線6時46分発のやまびこ203号に乗って郡山駅へ。磐越西線に乗り換えて磐梯町駅で下車。

車窓からの磐梯山。右手の小山が赤埴山と櫛ヶ峰
磐梯西線の快速電車

磐梯駅町駅からはバスの便がなく、タクシーで行くことにしました。ネットで見たら20,00円程度と間違って調べてしまったので、予約した時に5,000と聞いてビックリしましたが、電車のチケットも買っていたのでお願いすることにしました。

八方台登山口には60台程度が停められる駐車場がありますが、すでに一杯でした。

八方台休憩所

休憩所で登山届を投函して登山口へ。

若く真っ直ぐなブナ林の中の登山道です。30分弱で中の湯に到着しました。朽ちた何棟かの建物が残っていました。

梢からは檜原湖が眺められようになりました。

いよいよ磐梯山の頂上も見えてきました。

左の道はお花畑経由で弘法清水へ、右の道は直接弘法清水に行く分岐になります。天狗岩と櫛ヶ岳の眺めがいいということで左のお花畑経由の道へ。

山体崩壊した荒々しい景色に変わっていきます。

天狗岩と櫛ヶ峰

左に崩壊壁、右に平らなお花畑の中という対照的な景色の中を回り込んで行くと2つの山小屋がある弘法清水に到着します。

弘法清水小屋
岡部小屋

たくさんの登山者が昼食をとったり休んでいました。

弘法清水小屋と岡部小屋
弘法清水小屋のメニュー
弘法清水

猪苗代湖には駅よりに翁島という弘法大師ゆかりの小さな島がありますが、この清水にも弘法大師の名が付いています。磐梯山の表登山道沿いには黄金清水という水場があります。

左の湖が檜原湖 右が小野川湖 秋元湖

下りてくる登山者も多く待ち時間もありましたが、30分くらいで磐梯山頂上に到着。最上部には磐梯大明神の祠がありました。

猪苗代湖

山頂は天気も良く、秋の連休ということもあってたくさんの人で賑わっていました。

何mか下がった所には磐梯山の標識が立っていました。その隣には岡部小屋という小さな小屋もありました。

頂上付近には霜柱が残っていました。

弘法清水まで戻って昼食タイムにしました。弘法清水小屋で「パンの入ったなめこ汁」をいただいてコンビニおにぎりを食べました。なめこ汁は弘法清水小屋でも岡部小屋でも400円でした。

弘法清水小屋のなめこ汁 400円なり
弘法清水小屋の携帯トイレ用ブース 携帯トイレは350円

小屋にはトイレはなく、携帯トイレを使うトイレブースが設置されていて、携帯トイレは小屋で350円で売っているということでした。

いよいよ猪苗代に向かって下山。お花畑経由コースを少し行った所で猪苗代登山道(表登山道)に分かれます。

黄金清水

多くの人が乗用車を八方台に停めてピストンで登るようで、猪苗代登山口へのルートでは登山者は数人しかは見かけませんでした。

天狗岩

左に爆裂火口壁を覗きながら行きます。

手前がカルデラ湖になる銅沼。この銅沼は1888年の大噴火の火口湖になります。この大噴火は爆風と岩屑なだれによって集落が埋没するなど477人の死者が出たという近代初の大噴火でした。奥が檜原湖で右が小野川湖になります。

ダケカンバが美しい
渋谷登山分岐

沼ノ平も火口だった所でしょうか。

左は赤埴山をトラバースした先に赤埴林道が猪苗代スキー場通っているようです。

赤埴山へは左の登山道を行きます。右をそのまま行くと赤埴山頂をスルーしていくことになります。時間は十分あったので頂上を目指して登って行きました。

登山道の真ん中に大きな石がドカンと腰を下ろしていました。こんなのも飛んできたんでしょうか。

磐梯山頂上

振り返ると均整の取れた磐梯山が美しかったです。

赤埴山は古磐梯山の一部を形成していた山で、富士山のように多孔質の赤いスコリヤで覆われいていました。

猪苗代湖が一際大きく見えました。

一合目 天の庭

「天の庭」という名が付いた一合目(本来は二合目に相当します。)

カウンター
猪苗代スキー場の最上部

スキー場の上まで来ました。スキー場の登山ルートはどこも紛らわしく道迷いしやすいですが、やはりうろうろしてしまいました。

猪苗代リゾートスキー場の駐車場に到着。予定していた時間よりも結構早く着くことができました。猪苗代駅まで調べておいたタクシー会社に配車お願いしました。10分程度で2,000円ほどでした。

猪苗代駅到着。各駅停車の磐越西線は郡山駅まで座れないばかりか満員状態でした。

今回はタクシーを使ったりと散財はしましたが、天気も良く景色もすばらしく楽しい山旅でした。    S47年卒 手島達雄


コースDATA

郡山駅 磐梯町駅(磐越西線) タクシー利用 八方台9:50 中の湯10:15 分岐11:28 弘法清水11:32 磐梯山12:05 弘法清水12:30 爆裂火口12:56 分岐13:08 沼ノ平13:09 赤埴山分岐13:30 赤埴山13:38 赤埴山分岐13:50 夢の庭(一合目)14:03    猪苗代スキー場14:45 タクシー利用 猪苗代駅(磐越西線) 郡山駅

茶臼岳(1,915m)那須連山

20191024()


低気圧や台風からの湿った空気の影響で降雨が近づいてはいたものの前日の24日は曇りの予報だったので、紅葉を求めて那須連山の茶臼岳や三本槍岳は行ったことがあったものの、三斗小屋温泉や朝日岳をには行ったことがなかったので、ロープウェイを使って茶臼岳から三斗小屋温泉、朝日岳を回る行程で新幹線「なすの」に乗り込みました。

那須塩原駅西口の2番乗場から那須ロープウェイ行きの関東自動車のバスが出ます。車内で2日間有効のフリーパスが買い求められます。往復バスを利用するならフリーパスの方が200円お得で、往復ロープウェイを利用するならロープウェイの料金も安くなるというものです。

バスはガラズラ。那須の場合、登山者の多くは自家用車のようです。バスは黒崎駅を経由して1時間ほどかかってロープウェイ駅に到着します。バスの運転手は「昨日は少し暑いくらいだったが、今日は寒くなったね。」と。途中から道路は濡れてきていて、ガスが立ち込めてきた。

山麓駅に着いたら辺りはホワイトアウト。さて、切符は計画の通り片道にするか往復にするか迷う。こんな状態では行ってもしょうがないか。

片道では割引がなく、往復を買っておき使わなかった場合は手数料は取られるものの200円は払い戻しがあるということで、とりあえず往復切符を買い求めることにした。

薄ら紅葉している木々を感じる?ことはできるものの、ほぼホワイトアウト状態。頂上駅からは樹木は見られず火山礫や火山岩の中を登っていくことになのます。

ロープウェイの乗客はほ観光客。頂上駅ではガスではなく小雨になっていました。

大きな岩なんかもありました。御嶽山の噴火でも軽トラ程度の岩が降ってきたという証言もありましたが、こんなのが噴石として飛んできたんでしょうか。

1時間弱で茶臼岳に到着。

三角点は頂上の少し下にあります。鳥居を通り越して祠の先に頂上の標柱が立っています。

ガスって何も見えないものの、雨の降りそれほどでもなかったのでぐるっとお鉢巡りをして峰の茶屋跡まで行ってみることにしました。

ガスの中、遠くから子供達の声が聞こえてきました。硫黄鉱採掘跡で小学生の集団登山とすれ違いました。何クラスもの子が挨拶をしてくるので閉句しました。この頃から風も強く雨も小雨ながら激しくなってきました。

峰の茶屋跡に建つ避難小屋に到着です。

中で軽い昼食をとることにしました。中には同じグループの人たちが昼食をとっていました。ものすごい風が吹いていました。

天気の状況は悪くなっていましたが、折角なので朝日岳まで行って戻ってくることにしました。

少し先をいくと植物が生えている山道に変わりました。ほっとする感じです。しかし、すぐ先からは大岩が続く岩稜地帯に変わりました

これ以降、写真を撮っているような状況でなくなったので写真撮影は中断。・・・・

この頃から特に風が強くなり、横殴りの雨に変わりました。恵比寿大黒から先を行くと手すりに鎖がかけられた尾根を行くことになりました。火山灰のつるつる滑る粘土や大岩が続く岩稜地帯。風は飛ばされそうになるくらいに強くなっていたので、分岐手前で引き返すことにしました。

峰の茶屋跡の避難小屋まで戻ってきました。このまま直接ロープウェイ麓駅まで下山することにしました。

あっという間に登山口に到着。登山届けのポストも設置されていました。観光客以外は乗用車で来てここに車を止めて登っていく人がほとんどなのではないでしょうか。

途中で滑って尻餅をついてしまいました。

 

ロープウェイ駅では50分くらい時間があったので、ストーブで衣服を乾かすことが出来ました。

紅葉どころか10m程度の軽機しか見えず、雪に変わるのではないかと思うほどの雨と風だった。

 


コースDATA

RW山頂駅(10:10)・・茶臼岳(10:50)・・お鉢めぐり・・峰ノ茶屋跡11:30[休憩 20分]・・恵比寿大黒12:03・・朝日岳分岐手前12:20・・峰ノ茶屋跡12:35・・登山口13:04・・RW山麓駅13:18    バス14:23発

女峰山(2,483m)日光連山

20191010()


10月10日は1964年の東京オリンピックの開会式が行われた日で晴れの特異日です。今年は台風19号が近づいて来ているものの晴天が予想されていました。

木曜日がお互い定休日なのでS48年卒の内科医をしている柳澤君と二人で日光の女峰山に登って来ました。日光に入って外気温がどんどん下がっていき、戦場ヶ原付近では何と零度を下回って来ました。

車に設置されている外気温度計は-1℃を指していました。戦場ヶ原は霜が降りて、真っ白でした。

三本松の駐車場で志津峠までの林道を確認したところ、ここから直接車ではいけないようなので120号に出て光徳入口手前まで行って右折して林道に入りました。

林道の入口は未舗装で水たまりも出来ていましたが、その先の志津乗越しまでは舗装されていました。むやみに入らせないようにするためにわざと入口だけ未舗装のままにしているようです。「通行はご遠慮ください」と表示がありました。ダメということではないと判断し、梵字飯場跡、湯殿橋、男体山や大真名子山への道を分ける志津乗越(志津峠)を無事通過。

その先はクマザサが両端を覆っている車1台がやっと通れる未舗装の林道で所々に回転できるスペースがあったので、ゲートの手前で車を駐めることにしました。

志津峠は1,785m、林道歩きはおよそ1時間ほどで1,680mまでしばらく下りが続きます。その後1,790mあたりまで上ることになります。

大石が道の中央に据えられていました。転がって来たのかと思いましたが、業務用車両がぎりぎり交わして通って来られていたので、どうやら車止めとして意図的に置かれていた物のようです。

唐沢小屋に設置されている雨量計の測量に月に1度来ているという測量チームの車はゲートを開けて先まで入っていってしばらく先に車を駐めていました。

左には大真名子山(2,375m)、右肩に小真名子山(2,323m)の山頂が快晴の青空を背に顔を出していました。小真名子山と帝釈山(2,455m)の鞍部には富士見峠(2,061m)があり、林道はそこまで続いているようです。

1,800m付近から林道を外れて、いよいよ山道に入ります。はじめはしばらく下りが続きます。

馬立てからは急な登りになります。

今年は紅葉が遅れているようで、ところどころ紅葉した樹木が見える程度でした。白い幹のダケカンバもアクセントになっています。

このコースは何箇所か不安定な沢のガレ場を渡ります。

ガレを渡って上に行くと水場がありました。とても冷たく美味しい水でした。

水場を越えてしばらく急登を上がっていくと唐沢小屋に到着しました。

唐沢小屋は30〜40人は収容できる立派な建物です。冬は2階からも出入りできる構造になっています。

登山道脇にはシャクナゲやコイワカガミもたくさん自生していますが、この辺りから結構バテ気味。足も攣り気味。意識もふわふわとしている感じで、休み休みゆっくりした歩みになりました。

ガレ場をトラバースして最後の急登が続きます。

山頂下にはこの地で倒れ、唐沢小屋で亡くなったという追悼碑がありました。

頂上が見えて来ました。

頂上直下には滝尾神社の奥社の田心姫命(たごりひめのみこと)を祀っている女峰神社の祠があります。

女峰山、頂上到着です。

男体山、大真名子山、小真名子山と山並みがとても綺麗でした。

男体山、帝釈山、大真名子山、遠くに日光白根山。燧ヶ岳を始め、八ヶ岳や浅間山なども見え、360度の展望でした。

柳澤君も熱中症気味でフラフラの状態で到着です。

下に帝釈山への道が続いていますが、今回はここで引き返すことにしました。

狭い頂上で先行者が3人いたので、しばらく休憩してから下山することにしました。

復路、唐沢小屋に到着。行きにすれ違った雨量計の観測チームが仕事を終えて休憩していました。お邪魔してテーブルでお湯を沸かして昼食をとることにしました。

疲れていたのでゆっくり体を休めることが出来ました。東照宮から上がって来たという方が後から来ましたが、今日は上まで行かずに復路を戻るということでした。頂上であった年配の方達もここで会った人もとても元気でちょっとショッでした。

下りきった後に上りがあり、林道も上りになるので結構きついものがありす。

頑張って午後3時ちょうどに駐車地点に戻ることが出来ました。

途中で測量パーティーを追い抜いて先行しましたが、測量パーティーの車はゲートの内側まで入っていたので車で追い越されて、こちらも後をついて行くことになりました。後々それが幸いとなりました。

志津峠の工事現場で工事車両が道を塞いで駐車していていたので、外人が運転する車と測量チームと一緒に足止めを余儀なくされてしまった。どうなるかと思っていましたが、5、6分して工事関係者が戻って来て通れるようになりましたが、「ここは一般車両は通行出来ないんだからね。」と外人は注意されていました。でも、こちらは測量チームの後ろだったので「後ろをついて来れば大丈夫だから」とお咎めなしで測量パーティーににまぎれて通行することが出来ました。

標準タイムより時間がかかってしまいましたが、天気も良く楽しい山行でした。


コースDATA

三本松駐車場6:35    裏男体山林道起点 梵字飯場跡 湯殿橋 志津峠7:05    駐車ポイント7:25 (準備)7:30    ゲート7:38    登山口8:15       沢出合8:25      馬立8:28      大堰堤8:50      沢横断9:40      水場9:50      男体山見晴10:05    唐沢非難小屋10:15 (休憩)     ガレ場10:35   (休憩)     慰霊碑11:00    女峰山山頂11:15    11:25    唐沢小屋12:00  (昼食)13:00     男体山見晴13:05    水場13:14     大堰堤13:45    馬立14:00     林道14:15     駐車ポイント15:00  (荷物整理)15:20    志津峠(時間調整) 三本松駐車場

S47年卒 手島達雄  S48年卒 柳澤孝嘉

 

 

 

雁ヶ腹摺山(1,874m) 黒岳(1,987m) 大菩薩連嶺

2019年9月26日(木)

雁鴨の飛翔ルートになっているということで雁が腹をするように飛んでいく様から名付けられたという大菩薩連嶺の雁ヶ腹摺山と黒岳を登ってきました。

大月から国道20号線、県道510号線を経て大峠まで行き、まずは富士山が眺められるうちに雁ヶ腹摺山に登り、大峠まで戻ってから黒岳へ登り返しました。雁ヶ腹摺山からの富士山は500円札の撮影場所として有名ということで、山梨の秀麗富嶽12景の1番山頂にも指定されています。


S49年卒の柳澤孝嘉君から「天気もいいので山でも行きませんか。」と誘いを受けて一緒に登ってきました。朝のうち雲が多かったものの徐々に青空が広がり気温も上昇してきて、運動不足が続いていたので黒岳直下で筋肉疲労がピークになって悲鳴を上げてきました。

大峠の標高はすでには1,560mあります。

水場手前の沢沿の低湿地にはイノシシらしき爪痕が続いていました。

御硯水

トリカブト

頂上は林の中ですが、頂上は富士山方向だけが開けていて均整のとれた富士山がよく見えました。

小休止して大峠に下山。黒岳に向かうことにしました。

目的地別にカウンターが設置されていました。

1,500mの大峠から200mくらいを一気に登り、残り200mを時間をかけて登っていく感じですが、結構急登でした。

1792mの赤岩ノ丸のピークの近くに赤谷本宮の表示があり、帰りに柳澤君が探すも見つけることは出来ませんでした。後で調べたところ少し下がった1710mの地点の見晴らしの良いと所に石の祠があるということでした。

伐採で使うのでしょうか楔(くさび)がかけてありました。

1,800m付近でしょうかシカによる被害なのでしょうか倒木や枯れた樹木を伐採したのでしょうか切り倒された樹木が積み重なっている所がありました。

雁ヶ腹摺山は石に苔が一面取り付いていましたが、黒岳はふわふわの絨毯のようにいろいろな種類の苔が広がっていました。光の具合も苔の生育に丁度適しているようです。

湯ノ沢と小金沢山を結ぶ主稜線に出てすぐが頂上です。

黒岳の頂上は林に囲まれた明るい裸地の中にあります。ここで昼食をとることにして、早速湯沸かし。

    トゲアリ

胸の部分だけが鳶色で頭と尻は光沢のある黒が特徴的なアリがぞろぞろと地を這っていて、空中には時折羽アリの群れが飛び回っていました。

帰って調べてみると、低山地の適度の木漏れ日が差すような雑木林の生息するトゲアリということでした。秋の降雨後のよく晴れたお昼に羽を付けた女王アリが一生に1度だけ飛び立ち、羽アリのオスと後尾をする「結婚飛行」だったようです。

下山開始

翌日は筋肉痛でした。

S47年卒 手島達雄


コースDATA

大峠7:37 御硯水7:42    雁ヶ腹摺山8:30     大峠9:10    9:15    黒岳10:50    昼食 11:35    大峠12:30

動画の視聴

日光 男体山(2,486m)

2019627


関西では台風が発生ということでしたが、日光は15時くらいまでは曇りの予報だったので、百名山でもある日光の男体山に登ってきました。今年はたいした所へは登っていなかったのですが、何とかなるだろうと思って行きましたが、2016年の会津駒ケ岳以来の頂上目前での敗退になってしまいました。ちょっとなめていました。

東武日光線リバティーけごん1号に乗って北千住を出発し、東武日光駅には8時22分着。おにぎりのお弁当を買い込んで、22分発の中禅寺温泉行きバスに乗り込みました。中禅寺湖ハスターミナルには9時20分着で、日光二荒山神社中宮祠まで35分に到着しました。

登拝受付があり500円出して名前や住所など記帳するとお札と案内の紙をいただき巫女さんから簡単な説明を受けました。

登拝門をくぐって出発です。

ブナ林の笹原が広がり、鹿よけのネットが巻かれている林には石段と木道が続きます。シカの足跡もしっかり付いていました。

途中、林道を歩いて行きます。この林道は工事用のものだということです。

四合目に登山道入口があります。ここからが本格的に山道になります。

外人さんのご夫婦が先を登っていて、記念写真を撮ってくれと頼まれしばらく前後しながら登って行きました。

途中、何箇所か簡単な避難小屋が設置されていました。小さいながら急な雨や雷雨避けなどなどにはありがたいと思いました。

登山道は結構ハードで段々大石が現れ、険しくなって行きました。この日は湿気が高く、はじめから大汗をかいていました。まずいと思って塩分を補給し、水も適当にとっていたつもりでしたが7合目あたりから標準タイムからしだいに遅れ出しました。

7合目が過ぎてもなかなか8合目にならず、足が悲鳴を上げてきました。ふとももが攣りはじめてしまいました。

あわてて、芍薬甘草湯を取り出して飲みましたが、限界を超えてしまったのか効いてくれません。

仕方なく、だましだまし、休み休み登りました。

八合目を過ぎて、斜度が緩やかになって頂上まで高度であと100mあたりの地点でつった足がついに戻らなくなってしまいました。

帰りのバスの時刻を調べていなかったので、下山の時間も考え頂上目前ではありましたが下山することにしました。

時々倒れるくらい攣ことがありましたが、それでもなんとか予定通りの時間に下山することができました。

途中、何人かの外人の登山者に会いしました。この登山中すれ違った登山客は7人で、そのうち日本人は1名だけでした。

午後2時を過ぎても下から上がってくる外人さんは頂上まで行くつもりなのだろうかと思いました。上に水場ありますかと聞く人もいて、どの程度理解して登っているのだろうかと心配になりました。

15時55分発のバスに乗ることができました。また、挑戦しなければならない山ができました。


コースDATA

中禅寺温泉BT8:35 日光二荒山中宮祠9:35 一合目9:55   四合目登山口10:45   六合目11:30   7.5合目12:21   八合目12:35  13:10最高地点2312m   五合目14:20   四合目14:35   二荒山中宮祠15:20   中禅寺温泉BT15:30

登拝期間 5月5日〜10月25日(閉山祭)

登拝大祭 7月31日〜8月7日まで

S47年 手島達雄

尾瀬ヶ原周遊 6月 / 2019

2019年6月13日


鳩待峠〜山の鼻〜竜宮小屋 ピストン

今年の尾瀬のミズバショウも最終を迎えていました。山の鼻の見本園にはまだミズバショウがたくさん残っていましたが尾瀬ヶ原のミズバショウはほぼ終わっていました。黄色いリュウキンカや白いミツガシワ、青いタテヤマリンドウが咲いていました。赤いヒメシャクナゲや白いワタスゲもちらほら咲いていました。

リュウキンカの花

タテヤマリンドウ

ミツガシワの花
竜宮の口

シカの調査用柵


GOPROで撮影した動画は下のURLからご覧いただけます。
gopro.com/v/DbJvLrro1D2op

47年卒 手島

岩殿山(634m)

岩殿山 2019年2月21日

東京スカイツリーと同じ標高634mの岩殿山は中央高速道の大月の手前にある岩殿トンネルの上にあり、兜状の岩壁(鏡岩)が特徴の山です。歴史的にも地質的にも話題性のある山でもあります。4時間弱のハイキングでしたが、鎖場や岸壁の縁歩きなどスリルも結構ありました。


中央線大月駅

中央線大月駅を出て、すぐ左の商店街を通り抜け、踏切を渡たり東電大月支社の脇を通って道なりに進んで行きます。

市民会館入口を左に橋を渡り、駐車場の脇を通ってそのまま139号線を上がっていくと左手に岩殿山登山口があります。

この階段の下あたりを中央高速のトンネルが通っているようです。

1917年9月の台風5号による大雨のためにいろいろな所で土砂崩れが発生し、現在なお災害復旧工事が進行していました。しばらくは入山すらできない状態だったようですが、現在は迂回ルートによる入山が可能になっているとのことでした。しかし、丸山公園のトイレはまだ使えない状態でした。

天気も良かったので、いろいろな所から富士山がとても綺麗に眺められました。

ふれあいの館

後で分かりましたが、このふれあい館には山岳写真家の白旗史朗さんの作品を展示している写真館(大人300円)が併設されていたようでした。

カウンターが設置されていて、「通過する人は1回だけ押してください」と書いてありました。

礫岩(河原や海岸の砂利や石、粘土が圧縮凝固した岩石)

岩殿山の地質

地質的にはこのあたりはかつて関東山地の端で海に面していて、太平洋プレートに乗った古代丹沢山地(火山島)が衝突、続いて同じく古代伊豆半島(火山島)が衝突したたことにより堆積された丸く削られた砂利や石と粘土が圧縮されて礫岩となり(桂川礫岩層)、更にどんどん隆起していき小高い山となったということです。今でもなお10年で1センチくらい高くなっているようです。

結構階段のぼりが続きましたが、ふれあいの館から10分くらいで岩殿城址への分岐になります。

揚城戸跡(第二の関門)

揚城戸(あげきど)跡ということなので、この大石の間に上に揚げて開く扉があったのでしょうか。

番所跡

かつて礫岩の大路頭があったそうですが、崩落の危険があったので頂部を破砕撤去したと表示された看板が立てられていました。

この先が破砕された路頭の端になります。

馬屋があった跡のようですが、左部分がここも崩落していて通行止になっていました。いろいろな所がだいぶ崩落しているようでした。

秀麗富嶽十二景 八番山頂 岩殿山634mの山頂部 (石碑は乃木希典の詩碑)

岩殿山城は甲斐国都留郡の国衆である小山田氏の居城になります。

中央高速道路

分岐まで戻って「稚児落とし」方面に向かいます。

分岐からは築坂峠までどんどん下って、峠からは鎧岩に向かって登り返します。

築坂峠

鎧岩の鎖場は2箇所連続してありますが、難しくはないもののそれでも息が上がりました。兜岩の鎖場は崩落のため通行禁止になっていたので、迂回路を行くことになりました。

トラバースの部分の一部が危険な状態にあるようでした。
鉄塔のある天神山
天神山の祠

いよいよ「稚児落とし」の岩壁が見えてきました。稚児落としは小山田信茂の側室の千鳥姫が2児を連れて落ちのびる際に泣き出した赤子を追手から気づかれぬように家来が姫から奪って崖から投げ落としたという謂れがあります。

このコースのハイライトでしょうか。端は丸くカーブしているのでチョットひびります。結構迫力がありました。

分岐点

歩いてきた稚児落としの岩壁を望まれるポイントですがなかなか下を覗き見するには勇気がいります。

痩せ尾根になった崖の上の薄っぺらな根が木ごとひっくり返っていました。

ここで登山道は終わり、林道を経て自動車道になります。

舗装道路を左に大月駅に向かいます。

フクジュソウやレンギョウが咲いていました
中央高速の下を行きます

高速下を過ぎたら、二股を左に行きます。

橋を渡って道なりにカーブしていくと駅はもう少し。T字路の右にある歩道橋を上がって左に行くと線路に沿って大月の駅に至ります。

歩道橋から岩殿山周辺の山を展望

富士急の大月駅が手前にあり、少し進んでJR大月駅到着です。3月16日から中央線の特急は全て座席指定になるということでした。

S47年卒 手島達雄


コースDATA

7:58 大月駅  8:15岩殿山登山口  8:30カウンター  8:55岩殿山山頂  9:06分岐  9:23築坂峠    9:40兜岩鎖場  10:08天神山  10:25稚児落とし  10:56林道  11:17高速下  11:30歩道橋  11:30大月駅