西 穂 高 遭 難 の 教 え る も の  皆川完一

金子君の遭難という悲しい現実に直面し、いままでしばしば問題になって来たことであるが、ここでもう一度ちかごろの高校生の登山について考えてみたいと思う。

私たちのいうスポーツとしての登山はあらゆる意味に於て高きをめざしている。しかし低 い山よりは 高い山へ、登るに用意な山よりは困難な山へ、夏山よりは冬山へ、既知の山よりは未知の山へ、と発展していく過程も、決して1足とびに経過出来るものではな くその間に多くの研究と訓練とを必要とする。このことは登山の歴史を考えてもわかるであろう。今日のように氷雪の山を登るに至るまでの登山界の変遷は、個 人の中に於いても経過されなければならない筈である。生物学の原則が教える「個体発生は系統発生をくり返す」ということをここに持ち出すことも、あながち 不適当とは思われない。こうした原則は登山についても必要であるような気がする。

高校生の登山、いな今日一般の登山の風潮について多くの欠陥を指摘をする前に、全般的 にみて先ず基礎的な研究と訓練の不足を問題にしなければならない。特に 高校生に於ては経験の不足ににも拘らず、氷雪の山に登るのは多くの無理がある。それよりも夏山に於て、充分な訓練と豊富な経験をつまなければならない。今 日の登山界の動向、或は高校生の若い意気からは、夏山の縦走などは、或は価値のないものと思われるかも知れない。しかしそこにも登山としての立派な意義が ある。このような登山を経験してどうして、登山を知らぬものの、登山は冒険を目的としてスリルをたのしむ馬鹿げた行為であるという考え方に反撥することが 出来ようか。夏山のピークハンテングから更に発展して岩登りに到達しても、やはり高校時代は基礎的な訓練に終始しその間に単に技術書から学んだ机上の知識 ではなく、身についた経験とどんな危険に遭遇しても、活路切り開く実力と意志とを養成しなければならない。これらの基礎的な訓練の上にたってはじめて氷雪 の山をめざすことが可能になる。しかしそれは年令的にみて高校生の経験では無理というものであり大学山岳部に入ってから上級部員と先輩の指導によって、冬 山の醍醐味を味わっても決しておそくはあるまい。

高校生の冬山が無理だというのは、単に個人的な研究と訓練の不足から来るものではない。冬山に必要な経験をつませる組織も問題になる。当然のことであるが、冬山の実力というものは個人的には充分に養成されるものではなく、山岳部のような団体の中にあって先輩の指導の下に統制ある訓練を必要とする。また冬山に必要な厖大な装備にしても、個人的に全部揃えることは経済的に無理であり、山岳部等に於いて用意され、たえず使用の実験をしなければならない。ところが現在の高校山岳部は学制改革以来その歴史も新しく、その組織の上に於いても不十分な点が多い。私は現在の高校3年にあたる旧制高校1年の時に、長い歴史を持った山岳部の中で、先輩と上級部員に指導されてはじめて冬山の洗礼を受けた経験があるが、今日ではその年令で冬山をねらうというのである。同行の先輩もなければ充分な装備も用意されていない。ただ意気込みだけでは多くの危険が生じるわけである。

今回の金子君たちの行動にしても、個人的にはかなり経験をつんでいるようであるが、個人的な行動に先走って山岳部を育てようとはしていない。同行の戸山高校生は自由な行動を欲して属していた山岳部を脱退までしている。計画にしてもはじめの無謀な計画は他からの注意によって変更してはいるが、その際先輩の同行を求めていないのは自己の力に対する過信と言われても仕方あるまい。遭難の直接原因とされている内張りのない古くなったテントにしても、他からの借用品であり、それを用意するだけの山岳部の充実の方が先ではなかったかと思われる。炭俵をテントの下に敷いたのはマットがないためで、経験者ではそれでも間に合うこともあるが、長い間には居住性が悪くなるものである。はじめての高所キャンプの実験としては不充分であったようである。又実験にしても最悪の事態を想定し、あらゆる変化に対処するだけの注意が足りなかったのではないだろうか。

今回の遭難は強風によりテントが破壊され凍死に至ってしまったのであるが、他の装備は大体良好であったから、シュラーフに入って破れたテントにくるまっていれば遭難発生と思われる21日の夜は明かせたかも知れなが。22・23両日も風雪が激しかったようであるが、充分装備をととのえ力を合わせて行動すれば強風の中でも危険地帯を突破して西穂山荘に避難することが出来たであろう。2名は何らなすところなく、テントの中に凍死し、他の2名は救援を求めに出たのかもしれないが、アイゼン・ピッケルをつけず、又そのうち1名は靴もはかずに共に行方不明になっている。要するに最悪の事態に遭遇しても危険と闘える技倆と精神的肉体的実力があれば、或いは死に至らなかったのかもしれないと思われるのははなはだ残念である。

登山には絶えず危険が伴っている。高さをめざす結果必然的に危険が付随して来ることは覚悟しなければならない。危険になるが故に登山は禁止されるべきものではなく、危険を排除し、又最悪の事態を克服出来る実力がまず要請されなければならない。登山は人生に於いて高きを求めず生活態度にも通ずるものがあり、人間完成の途上にある高校生のあり方にふさわしいものと思う。登山を禁止する事は却て高きをめざし、うつくしきものにあこがれる高校生の精神を無視するものであり、今後も適切な指導の下に高校生に可能な登山はますます奨励されなければならない。

この度の遭難の教える教訓は、単に登山にとどまらないであろう。ただ登山はその失敗が最も決定的な形であらわれるというちがいだけである。高校時代は、人間を完成させるための充分な見識を養わなければならないが、それは先輩の指導により、どのような事態にも中途で挫折しないだけの実力を充分に養うことにある。そして決して現在の自己の力を過信するなということである。人間完成の途上にある金子君が、中途にしてたおれたことは惜しみてもあまりやることである。

(「めじろ」第71号 獨協学園 1954年度)


皆川先生については常盤雪夫氏による追悼文がこちらにあります。

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