忘れられぬ「民主主義」の一喝  中野 茂

追悼・高梨先生       中 野 茂   (1974年卒)

「民主主義は人の話を聞くことから始まるんだ。」

朝礼の壇上で破鐘のような大声を出して生徒たちを睨みつけていたのが,私の初めて見た高梨先生の姿でした。いかつい顔と無頓着な服装,中学1年に入学して間もない私にとっては,町で会ってもついていってはいけないタイプのおじさんでしたが,民主主義でおこられるというのが何やら偉くなったようで,不思議にうれしかったのが思い出されます。

以来,高校卒業後もワンダーフォーゲル部OB会の活動を通じて,先生と親しくお付き合いする場を得たことは,私の人生の大きな喜びとなりました。

教諭としての先生は,生徒たちを励まし,向上心を植え付けてゆくことを信条とされていました。私も何度もおこられましたが,先生の眼光に見据えられると,言葉に出ずとも「そんなことでどうする」と諭されているようで,頭が上がりませんでした。部活動の登山で,「もう駄目だ,歩けない」と道にしゃがみ込んだ私の目の前にヌッと現れて,「君なら大丈夫だ」と声をかけられた途端,また歩けるようになったのも懐かしい思い出です。人と話をする時は,たとえ相手が子どもであっても,真正面から語りかける人でした。数々の思い出が残っていますが,中学1年の「民主主義……」の一喝以来,高梨先生といえば民主主義という印象が深く刻まれています。昭和10年代の暗い時代に育ち,「僕に青春はなかった」と語られた先生の,大切なものは自由と平等だとの信念が,きっとこの先も忘れることのない先生の思い出として,私の胸に残っているのだと思います。

「しっかり活きてほしい」と語られた先生の言葉を噛みしめつつ,先生のご他界を悼むとともに,ご冥福をお祈りいたします。

『獨協通信』第49号,19971210日より転載

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